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平成30年3月号(No18)

S・B・C トレンド

ある「オリンピック大会のエピソード」

「そっだねー!」と北見弁のつぶやきが一躍有名になった平昌オリンピック、 多くの日本選手が多くの感動を与えてくれ、多くの逸話も残してくれた。
過去のオリンピック大会にも色々なエピソードが残されているが、これもその一つ。知人からのレポートを読んで初めて知りました。
日本のマラソン界の父・箱根駅伝の生みの親、そして日本陸上界発展の大功労者の一人「金栗四三」。彼は色々なエピソードを残したランナーです。でもこのスウェーデンオリンピック委員会との関りの話は、私は感動した。
1912年「第5回ストックホルムオリンピック大会」の出来事である。この大会当日、スウェーデンには珍しく気温40度と記録的な暑さとなり、マラソン出場者68名中半分が途中で棄権をし、金栗も意識を失い、近くの農家で介抱された。彼が気付いた時は翌日で、全ての大会は終わっていた。金栗は止む無く諦めて帰国をした。大会関係者は彼を「行方不明者」として扱い、そして時と共に大会関係者を初め人々から金栗の名前は忘れ去られて行った。
それから54年後、1967年(昭和42年)スウェーデンオリンピック委員会が、五輪開催55周年を祝う記念式典の企画を始めた。そしてこの時54年前金栗四三が未だに行方不明者扱いになっている事に気づいた。そこで委員会は彼を記念式会場に招き、最後の催物として彼にトラック一周をしてもらう事となった。 これはその時の場内アナウンスの記録です。「日本の金栗選手、只今ゴールインしました。タイムは54年と8カ月、6日5時間32分20秒3.これをもって第5回ストックホルムオリンピック大会は全日程を終了しました。」
淡々と事実を話すアナウンスの声。そしてゴール後の金栗のインタビュー・スピーチです。「長い道のりでした。この間に孫が5人できました。」
更に2012年、金栗のひ孫が金栗を介抱した農家の子孫を訪ねておりました。

 


S・B・C 代表 安藤 武 


 

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